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夜の海

夜の海

空想世界本編に入れる予定のお話。
先行で載せておきます。
 




その夜、オレは跳び起きた。
部屋を見回したが、オレの隣で寝ていたはずの女神がいなくなっていた。
それだけならいつも通りだったが…。
かけていたはずの布団はベッドから床にずれ落ちて、閉めたはずのドアは開けっ放しだった。

ひやりと汗が体の中を這っていく。
慌てて上着を被ってドアをくぐり、屋敷の外へ飛び出した。






女神は、海の中にいた。

夜の海は黒い波をゆら、ゆら、と揺らしながら小さな体を飲み込んでいく。
いつだったか見た、禍々しい液体が背中から吹き出し、怪しくうごめいている。

「女神…!」

叫んだが、ダメだ。聞こえてない!
女神はこちらに背を向けたまま、不安定な足取りで海に飲み込まれていく。
あのまま行ったら、女神は…女神はいなくなってしまう!
オレはなりふり構わず海の中へ入っていった。

「女神っ…!待ってくれ…!」

濡れた服と波の動きで足が重い。波が足にまとわりついて、気を緩めた瞬間に飲み込まれてしまいそうだった。
腰まで浸かったとことで何とか女神に追い付き、力いっぱい手を伸ばした。
掴んだ手は、想像以上に冷たかった。

「離して!」

「行くな…!行かないでくれ……!」

急に暴れ出した女神を抑えるように、もう片方の手も掴んだ。
強風がオレを押しのけようと吹き荒らしてくる。
何度転びそうになったか分からない。

「どうして、とめるの…」

「どうして、行くな、なんて言うの。私の…好きにさせてよ……」

女神は震える声で、行かせて、と何度も抵抗した。けれどオレは掴んだ手を離さなかった。

「行って、ほしくないからだ!たしかに、お前の自由では、あるけどさ…!」

上がったままの息で、適当な言葉を投げつけてしまったけれど、構わず続けた。

「オレ、本当はお前とずっと一緒にいてやりたいと思ってるんだ。けどな、いつか元の世界に帰らなきゃいけない日が来る」

「オレがいなくなったら、お前はまた、この世界で一人ぼっちになっちまう。どうしても嫌なんだ」

「女神が笑っていてくれなきゃ、笑っていられる世界になってくれなきゃ、オレは安心して元の世界に帰れないだろ」

「だから、行かないでくれ」







ゆらゆらと揺れていた波が静まっていく。
しばらくして、女神は顔を伏せたまま、ゆっくりと振り返った。

「笑え…ないわよ……」
「……女神」
「私には…自信がない……」
「自信?」
「うん…」

オレの手をぎゅっと握って呟いた。

「聞いて、涼春…」

女神は囁くような声で告げた。

「私は…片方だけ翼がないことがコンプレックスなの…。力が上手く使えないとか、空を飛べないとか、不自由なとことが多いのも嫌なんだけれどね……」

「それ以上に、どうしても私っていう存在が、この片方だけの翼みたいに不完全であることを許せない」

「気にしすぎって、分かってるのよ…分かってる…。でも、こんな不完全な神様じゃ、こんな不完全な自分自身が、存在していちゃだめだ、って、思っちゃっ……」

せき止めていた大粒の雫が、ぽろ、ぽろ、と溢れて海にこぼれていった。
途中から、女神がまともに話していられなかったことに気付いていた。

女神の冷たくなった体を抱き寄せた。
震える肩、濡れた髪、すすり泣く小さな声。
どれも普段の強がりな女神からは想像もつかない姿だったが、今になってやっと気付けた。

女神も、普通の女の子なんだと。





 

 
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2018-06-11